2016年 12月 22日
跳馬の片手着手 |
One-Hand Vault
2017年版採点規則の概要が日本体操協会の『男子体操協会情報24号』にまとめられていますが、その中の跳馬の変更点に「片手での着手が削除された。」という一文があります。
跳馬の片手着手は1980年代半ばに流行を見せたことがありました。これは1985-1988年ルールにおいて片手着手に格上げ措置があったためです。現在の採点規則では「片手着手で実施された技は、両手で行われたものと同一の技とみなされる。」という規定があり、メリットが全くないため実施する選手はまずいません。よって、削除されても何の影響もない技ではありますが、ここでちょっと昔を懐かしんで在りし日の片手着手の跳越をいくつか見てみようと思います。
片手伸身ツカハラとび Tsukahara Lay with One-Hand
よく実施されていたのはこの片手ツカハラでしょうか。旧ソビエト連邦のユーリー・コロレフ、1985年の世界選手権・モントリオール大会の映像です。この跳越で種目別優勝。団体、個人総合、つり輪と合わせての4冠に輝いています。
片手前転とび前方屈身宙返り Hdsp Front Pk with One-Hand
キューバのラサロ・アマドールの跳越。上と同じ1985年の世界選手権ですが、個人総合や種目別決勝には進出していないので団体での演技と思われます。
片手アカピアン Kasamatsu Lay 1/1 with One-Hand
ちょっと姿勢が微妙ですがなんとアカピアンを跳んでいるのは、旧ソビエト連邦のエドゥアルド・ゲヴォルキャン。世界選手権など主要国際大会の代表歴はない選手ですが、中日カップなどに出場したことがあり、日本ではご記憶の方もいらっしゃるかと思います。
片手ハッチェオン RO 1/2 Hdsp Front Lay 1/2 with One-Hand
時代は下がって2000年のグラスゴー・グランプリ。すでに格上げも加点もなかったはずですが、フランスのチェリー・エマはなんとロンダートひねりから片手で跳んでいます。姿勢がほとんど屈身ですが技番号はハッチェオン(ロンダート、ひねり前転とび前方伸身宙返りひねり)を示しています。当時この技は価値点9.9と高得点を狙える跳越でした。旧式跳馬時代はロンダートからの着手が今よりも格段に難しかったと思いますが、この跳び方は最初から突き放しにはほとんど期待せず、片手のみをタッチさせているように見えます。
片手着手の格上げがなくなり、また削除されるに至ったのは、馬体を力強く突き放し、高く大きく跳ぶことこそが跳馬の本分であるからでしょう。同じような時期に流行った鉄棒の片手技も現在はほとんど評価されなくなっており、一時は曲芸のようだった体操がルール改訂によって適正な方向へ導かれてきたことが分かります。
ちなみに、この片手着手が削除されるのは実は2017年版採点規則からではありません。2013年版採点規則の当初版には確かに「片手着手で実施された技は~」の規定がありましたが、2013年4月に発行された修正版(Ver.2)からしれっと削除されていました。跳馬の章の最初の説明にある「跳馬の演技は(略)片手または両手での瞬時の突き放しをもって実施される」の部分も、この版で"with one or two hands"から"with two hands"に変わっていました。
というわけで、すでに片手着手の規定は削除されているのですが、演技で実施してしまったらどうなるのでしょうか。採点規則には技認定や減点に関する明確な記述はないようですが、減点項目の「禁止技」(英語版では「不正または無効な跳越」)が適用されて0点となる可能性もないとは言えません。
冒頭で「実施する選手はまずいません」と書きましたが、実は今日でもやっている選手がいます。アメリカのジョシュア・ディクソン、2016年の全米選手権です。この人もロンダートひねりからの跳越。特に突き放しを期待しなければ、ひねりながら着手するだけにこの方がやりやすい面もあるのでしょうか。0点にはなっていないようですが、跳馬のルールでは着手後に明確な上昇を見せなければならないということになっているため、その点での実施減点は免れ得ないものと思われます。
2017年版採点規則の概要が日本体操協会の『男子体操協会情報24号』にまとめられていますが、その中の跳馬の変更点に「片手での着手が削除された。」という一文があります。
跳馬の片手着手は1980年代半ばに流行を見せたことがありました。これは1985-1988年ルールにおいて片手着手に格上げ措置があったためです。現在の採点規則では「片手着手で実施された技は、両手で行われたものと同一の技とみなされる。」という規定があり、メリットが全くないため実施する選手はまずいません。よって、削除されても何の影響もない技ではありますが、ここでちょっと昔を懐かしんで在りし日の片手着手の跳越をいくつか見てみようと思います。
片手伸身ツカハラとび Tsukahara Lay with One-Hand
よく実施されていたのはこの片手ツカハラでしょうか。旧ソビエト連邦のユーリー・コロレフ、1985年の世界選手権・モントリオール大会の映像です。この跳越で種目別優勝。団体、個人総合、つり輪と合わせての4冠に輝いています。
片手前転とび前方屈身宙返り Hdsp Front Pk with One-Hand
キューバのラサロ・アマドールの跳越。上と同じ1985年の世界選手権ですが、個人総合や種目別決勝には進出していないので団体での演技と思われます。
片手アカピアン Kasamatsu Lay 1/1 with One-Hand
ちょっと姿勢が微妙ですがなんとアカピアンを跳んでいるのは、旧ソビエト連邦のエドゥアルド・ゲヴォルキャン。世界選手権など主要国際大会の代表歴はない選手ですが、中日カップなどに出場したことがあり、日本ではご記憶の方もいらっしゃるかと思います。
片手ハッチェオン RO 1/2 Hdsp Front Lay 1/2 with One-Hand
時代は下がって2000年のグラスゴー・グランプリ。すでに格上げも加点もなかったはずですが、フランスのチェリー・エマはなんとロンダートひねりから片手で跳んでいます。姿勢がほとんど屈身ですが技番号はハッチェオン(ロンダート、ひねり前転とび前方伸身宙返りひねり)を示しています。当時この技は価値点9.9と高得点を狙える跳越でした。旧式跳馬時代はロンダートからの着手が今よりも格段に難しかったと思いますが、この跳び方は最初から突き放しにはほとんど期待せず、片手のみをタッチさせているように見えます。
片手着手の格上げがなくなり、また削除されるに至ったのは、馬体を力強く突き放し、高く大きく跳ぶことこそが跳馬の本分であるからでしょう。同じような時期に流行った鉄棒の片手技も現在はほとんど評価されなくなっており、一時は曲芸のようだった体操がルール改訂によって適正な方向へ導かれてきたことが分かります。
ちなみに、この片手着手が削除されるのは実は2017年版採点規則からではありません。2013年版採点規則の当初版には確かに「片手着手で実施された技は~」の規定がありましたが、2013年4月に発行された修正版(Ver.2)からしれっと削除されていました。跳馬の章の最初の説明にある「跳馬の演技は(略)片手または両手での瞬時の突き放しをもって実施される」の部分も、この版で"with one or two hands"から"with two hands"に変わっていました。
というわけで、すでに片手着手の規定は削除されているのですが、演技で実施してしまったらどうなるのでしょうか。採点規則には技認定や減点に関する明確な記述はないようですが、減点項目の「禁止技」(英語版では「不正または無効な跳越」)が適用されて0点となる可能性もないとは言えません。
冒頭で「実施する選手はまずいません」と書きましたが、実は今日でもやっている選手がいます。アメリカのジョシュア・ディクソン、2016年の全米選手権です。この人もロンダートひねりからの跳越。特に突き放しを期待しなければ、ひねりながら着手するだけにこの方がやりやすい面もあるのでしょうか。0点にはなっていないようですが、跳馬のルールでは着手後に明確な上昇を見せなければならないということになっているため、その点での実施減点は免れ得ないものと思われます。
by kaki_aqr
| 2016-12-22 23:30
| 跳馬 VT
|
Comments(4)
Commented
by
凛
at 2016-12-27 00:22
x
いつも記事楽しく見させていただいてます。
是非知りたいのですが、昔の平行棒は真下にマットが敷いていませんよね。
車輪系などが流行する頃には敷かれていますが80年代はマットがない試合が普通でしたよね?
何故なかったのかなどの経緯などご存知でしたら教えていただきたいです。
是非知りたいのですが、昔の平行棒は真下にマットが敷いていませんよね。
車輪系などが流行する頃には敷かれていますが80年代はマットがない試合が普通でしたよね?
何故なかったのかなどの経緯などご存知でしたら教えていただきたいです。
いつもご覧いただきありがとうございます。
すいません、ちょっと分からないです。かつては真下には不要だったのが、安全面で必要とされるようになったのだとは思いますが。ご指摘のとおり車輪技や宙返り技の開発、発展によるものではないでしょうか。
すいません、ちょっと分からないです。かつては真下には不要だったのが、安全面で必要とされるようになったのだとは思いますが。ご指摘のとおり車輪技や宙返り技の開発、発展によるものではないでしょうか。
Commented
by
わい
at 2017-07-17 11:54
x
跳馬における片手着手は意味が無いのては。。
と昔から思っていました。
御指摘のように第二局面での雄大さが出ないからです。
あのベロツェルツェフでさえ片手の伸身開脚カサマツをやってましたね。
一時、開脚姿勢が少し流行ったことも。
古くは後藤さんの開脚屈身のムーンサルト。
童非の開脚伸身のムーンサルト。
具志堅さんの平行棒の開脚ヒーリー。
その後、開脚姿勢の技は見られなくなりました。
何の為の開脚か?
宙返りの効率を上げる為ととられても仕形ありません。本来、姿勢欠点ですから。
しかし、後藤さんの開脚ムーンサルトはピラピラした変な感じで面白かったのでまた見てみたいものです。
ゲボルギャンは荒井注に似た選手で良く覚えております。
床で伸身二回宙返り二回ひねり(やや姿勢は不充分だったように記憶しておりますが)鉄棒でポゴレロフ(?)に挑んで失敗しても片手でバーを離さない根性を見せてくれました。
と昔から思っていました。
御指摘のように第二局面での雄大さが出ないからです。
あのベロツェルツェフでさえ片手の伸身開脚カサマツをやってましたね。
一時、開脚姿勢が少し流行ったことも。
古くは後藤さんの開脚屈身のムーンサルト。
童非の開脚伸身のムーンサルト。
具志堅さんの平行棒の開脚ヒーリー。
その後、開脚姿勢の技は見られなくなりました。
何の為の開脚か?
宙返りの効率を上げる為ととられても仕形ありません。本来、姿勢欠点ですから。
しかし、後藤さんの開脚ムーンサルトはピラピラした変な感じで面白かったのでまた見てみたいものです。
ゲボルギャンは荒井注に似た選手で良く覚えております。
床で伸身二回宙返り二回ひねり(やや姿勢は不充分だったように記憶しておりますが)鉄棒でポゴレロフ(?)に挑んで失敗しても片手でバーを離さない根性を見せてくれました。
技術や表現がルールによって推奨され、ルールによって淘汰される。こういった事象はたいへん興味深いものがあります。開脚については、ずいぶん以前になりますが「開脚が流行った頃」という記事も書いております。よろしければご覧ください。