ツカハラとカサマツ |
跳馬には横向きに着手するツカハラとびとカサマツとびという2つの日本人の名前が付いた跳越がありますが、体操を見始めて間もない人にとっては何が違うのか全然分からないと思われます。
実はツカハラとびとカサマツとびは着手した後にひねる方向が違い、全く別の技と言ってもいい関係にあるのですが、ツカハラとび1回ひねりとカサマツとびが同一枠の技と見なされているということもあり、その関係はやや分かりにくいものとなっている感があります。
ツカハラとび(側転とび1/4ひねり後方宙返り、伸身でD:3.6)はちょうどロンダートの動き。よって、横向きに着手した後、後ろ向き(馬を見る方向)になり後方宙返りをする跳越です。ここから1回ひねればツカハラとび1回ひねり(伸身でD:4.4)になります。着地は後ろ向きです。
ツカハラとび(伸身) Tsukahara Lay
カサマツとび(側転とび1/4ひねり前方宙返りひねり[1]、伸身でD:4.4)は横向きに着手した後、ツカハラとびとは反対の方向にひねります。というかロンダートという技はそもそも自分のひねり方向と逆方向にひねる技[2]なので、カサマツとびは着手後、本来の自分のひねり方向にひねり戻しているということになります。どちらも「側転とび1/4ひねり」とありますが、その方向が違うわけです。よって、着手後の向きは前向き(馬を背にする方向)になり、前方宙返りひねりをしてツカハラとび1回ひねりと同じく後ろ向きに着地します。
[1] カサマツとびはかつては「側転とび3/4ひねり後方宙返り」と日本語表記されていましたが、2013年版採点規則から上述のような表記に変わっています。英語表記は以前からこの表現でした。
[2] 一般的にひねりの方向が左の人は、左手から入るロンダート(左ロンダート)になります。これは進行方向に対し右を向くことになり、自分のひねり方向と逆にひねっていることになります。
カサマツとび(伸身) Kasamatsu Lay
ちょっと小難しくなりましたが「ただの体操好き」的には、着手後1/4ひねった状態が後ろ向きならツカハラとび、前向きならカサマツとびと思っていればおおむね問題ないでしょう。
ここで注目すべき点はひねりの回数です。ツカハラとび1回ひねりは着手後、1/4と1回ひねりますが、カサマツとびは着手後に1/4と半分ひねっているだけです。同一枠、同じDスコアの跳越にも関わらず、ツカハラとび1回ひねりは1/2多くひねっていることになり、言わば損をしているということになります。
このため、伸身のツカハラとび・カサマツとびからひねりを加えていくアカピアン(D:5.2)、ドリッグス(D:5.6)、ロペス(D:6.0)といった技がありますが、より効率的なカサマツとびからひねるのが普通であり、ツカハラとびからひねる選手は滅多にいません。採点規則でもアカピアンは「伸身カサマツとび1回ひねり」と「伸身ツカハラとび2回ひねり」が併記されていますが、ドリッグスではもはや「伸身カサマツとび3/2ひねり」としか表記されていません。
一方、今日の跳馬ではツカハラとびは宙返りを加える方向へと進化しており、ツカハラダブルとでもいうべきヨー(D:5.6)、そしてそれを屈身で行うル・ユーフ(D:6.0)という技へと発展しています。最近は、カサマツとびに宙返りを加えてしまうリ・セグァン(D:6.4)という技もありますが。
というわけで、ひねるならカサマツとびなわけですが、ではなぜツカハラとび1回ひねりなんていう技があるのかというと、体操選手の中にはひねりの方向とロンダートの向きが反対の人がいるからです。ひねりの方向が左なのに、右手から入るロンダート(右ロンダート)をする選手ということになりますが、この場合、自分のひねり方向と(一般的には逆方向なはずの)ロンダートのひねり方向が同じになり、着手後は必ず後ろ向きになってツカハラとびになります。カサマツとびはできず、ツカハラとびからひねることになるのです。
下の図は採点規則に載っているものではなく、右ロンダート・左ひねりのツカハラとび1回ひねりを無理矢理こしらえたもの。動画もこの捌きのものになります。
ツカハラとび1回ひねり(伸身) Tsukahara Lay 1/1
ひねりの方向とロンダートの向きは合わせておいた方が有利ということになりますが、実は世界のトップ選手の中にも反対の人はいくらでもいたりします。あのヴィタリー・シェルボ(ベラルーシ)も、スヴェトラーナ・ホルキナ(ロシア)もそうでした。カサマツとびを跳ぶときを除けば大きな問題ではないとも言えそうです。
珍しい例としては、ヘルバシオ・デフェル(スペイン)がひねりの方向とロンダートの向きが反対で左ひねりの右ロンダートでしたが、ツカハラとびから2回半ひねってのドリッグスを跳んでいました。この跳越で2004年アテネオリンピック:種目別跳馬で見事金メダルを獲得しています。デフェルは2000年シドニーオリンピックからの2連覇。シドニーではロンダートひねり系とクエルボ系を跳んでおり、アテネのもう1本はシューフェルト。この人は何でも跳べるのかもしれません(笑)。
マリアン・ドラグレスク(ルーマニア)も左ひねりの右ロンダートでしたが、ドリッグスをカサマツとびから跳ぶためにわざわざ普段とは反対向きの左手から跳馬に着手していました(ややこしい)。動画を見ると単に左ひねりの人の普通のドリッグスにしか見えませんが、本来ドラグレスクは右手から入るロンダートをやっているのです。
ちなみに、海外でもツカハラとびとカサマツとびの区別はつけにくいようで、側転とびなら何でもTsuk(ツカハラの略)にしてしまっているのをよく見かけます。カサマツとびであってもTsuk Fullとかになっていたり。女子の跳馬にはカサマツとびはなく全てツカハラとびとして扱われているので、その影響もあるかもしれません。
難度表ではツカハラ宙返り1回ひねりとなっているのですが、リ・セガン本人の実施を見る限りカサマツ宙返りになっているんですよね。
ひねりが半分少ないわけですからその分実施が簡単になるように思えるんですが、やはりどれだけ難しい技であってもツカハラ1回ひねりとカサマツは同一技扱いされてしまうんでしょうか?
それだとだれも実施しない(というよりも実施しようともしない)ですが伸身ツカハラ3回ひねりもロペス扱いなわけですよね。
なんか納得できないというか。
ツカハラ宙返り1回ひねりとなると、跳馬のムーンサルトということになるかと思うので、誰かチャレンジしてくれないかなと思っています。メリサニディス1回ひねりとかも。